友達いないのは恥かしいのか?僕は、友達は少ないですから
以前は恥かしいと感じている時期もありましたが、今はほとんどそれもない。
なぜ恥かしいと感じるのでしょうか。

例えば、外食で周りが皆でご飯を食べているのに、一人で食べていたりする場合は
恥かしいと感じてしまうことも多いのではないでしょうか。

逆に皆が一人でいると恥かしさは感じません。授業中、「友達いない」って
恥かしく感じないし、それぞれが黙々と仕事している時も「友達いない」って
恥かしいとは感じないですね。

要するに他の人とは違った状態だから恥かしく感じてしまうのです。
他人の目が気になる。
空気を感じて読む人は特に当てはまるんじゃないかと思います。

また、人間の欲求には集団欲求というのがあるらしいのですが
恥かしいというより不安を感じるという人もいるのではと思います。

そもそも友達って何か?
「遊び友達」、「飲み友達」、「地元の友達」、「学生時代の友達」。
色んな種類の友達がいますけれども、何かしらの時間を共有している(した)ことが
友達の条件ですかね。なおかつ、精神的に対等な関係であること。
後は、個人の主観的な心の距離の近さではないかと思います。これは個人個人違う
とは思いますが。

特に学生時代は、友達が多いことは一つの大きなステータスとなります。
教室で一人ぼっちの人は周りの評価は低くなる。人間はお互いを評価しあって
います。大人の社会人は仕事が出来る、出来ないが大きな評価の対象に
なるでしょうが、学生、特に小学生は、スポーツ出来る、カッコいいとかが評価の
対象ではないでしょうか。だから自然とその人に集まって友達が出来やすい。
ゆえに、友達が多いことが評価が高くなる。
後は勉強ができる。これは小学生くらいまでは、評価の対象は低いですが
高校生くらいになると、結構高くなるように思います。

友達が多い人は、色んな誘いも多いから出会いも沢山あって、更に友達が
出来やすい仕組みになっているのではないでしょうか。

また、一人の友達に対する精神的な負荷を分散できるかと思います。
友達の少ない人は、友達一人に自分の求めるものを全部要求してしまう危険もあるかと。
人間には必ず欠点があります。関係を深めていったら、自分視点での欠点が
見えてきます。それを直させて自分好みの友達にしようとする。
これは相手からするとしんどいです。

友達が多ければ、自分の求めるものを一人ではなく、複数に分散できます。
友達Aの欠点は、友達Bに補ってもらうといったように。


人は繋がりを求めます。他人との繋がり、社会との繋がり。
繋がっていることで安心感を覚える。

っとまあ、こんな本を見つけたんで友達について書いてみました。


「友だちいない」は“恥ずかしい”のか (平凡社新書)